〜マスク〜




      Nさんの担当になったのはまだ学生で、戴帽式がやっと終わった頃だった。

 まだ実習には慣れておらず、病気に対してもよくわかってない時期だった。

  Nさんは、個室に長いこと入院しており、よく学生がついていた。(担当していた。)

 家族の面会も少なかったせいか、私たち学生が来るといつも笑顔でむかえてくれた。

 私はそんな彼女がすぐに好きになった。


  彼女は、肺の病気で、外からの感染予防もあり、個室から出ることがゆるされず、

 病気も病院も長く、身の回りのことはほとんど自分で出来ていた。

 私が出来ることといえば、おしゃべりをすることと、背中を拭いてあげることだけだった。

 部屋に訪れるのは医師とナース、そしてたまに来る家族のみ。

 言葉を自由に話せても、話せる人は限られて、動ける範囲も限られてて、

 毎日同じことに繰り返し。。。。

 私だったら、気が狂いそうなくらい寂しい毎日だったと思う。

 しかし、彼女は愚痴をひとつもはかなかった。

 まあ、学生に言ったところで何の解決もならないだろうし、

 あきらめがあったのだろうか。

 私はそんな彼女のことを考えれば考えるほど悲しくなった。

 この実習が、背中拭きだけで終わりそうで。

 そして、彼女の本当の笑顔が見れないまま終わりそうで。。。



  そこで、主治医、ナースに相談して、散歩を計画してみた。

 よくドラマや映画で出てくるワンシーンだが、学生にとっては大きな計画のひとつだ。

 採血の検査データで、感染に対して大丈夫か確認し、

 息苦しくなったらすぐに酸素を吸えるように車椅子に酸素ボンベ積んで、

 そのときの酸素の量もちゃんと医師の指示をもらい、

 感染予防にマスクで良いか確認した。

 もちろん散歩コースもちゃんと考えた。

 人が少ない道を通って外に出れるよう考えた。

 普段、ぼーっとしてる私でも、このときは生き生きしてたと思う。

 普通だと散歩ぐらい。。。。って、思うことだが、

 今まではそれすら出来なかった彼女にとってはとても大きな計画だった。

 で、実習最終日に実行した。


  あいにく外は曇り空だったけども、雨じゃなかっただけでもよかったとしよう。

 なぜか、病棟のナースみんなが見送った中(普通は絶対そんなことしない)彼女は元気よく

 「いってきます。」

 と、答えて出発した。

 私はゆっくりと車椅子を押し、計画通りの道を行き、学生が出入りする裏の出入り口から外へ出た。

 彼女にとってはすごくすこく久しぶりの外だった。

 本当は、彼女に、青空を見せてあげたかった。

 だけど、曇り空で、しかも少しよどんでるし。。。

 彼女に謝ろうかとまで考えていた。

 だけど、彼女は「うれしいねえ」と言ってくれた。

 マスクはしているがわかるくらいきらきらうれしそうな目をしていた。

 私も心からうれしかったし、曇り空でも気にしないくらい晴れ晴れとした彼女の顔が見れただけで十分だった。



  実習が終わり彼女の担当から外れてしばらくたってから彼女から学生伝いに手紙をもらった。

 あのときの散歩のことや学生だった私への励ましの言葉が詰まっていた。

 うれしくってうれしくって今でも宝物としてとってある。

 それからしばらくして彼女はこの世からいなくなった。

 退院することなく亡くなってしまった彼女に少しでも病院でのいい思い出になったんだろうか?



  普通に暮らしていると、外に出ることが苦痛のときもある。

 仕事に行くのがいやで、買い物に行くのがいやで、たまらないときもある。

 だけど、曇り空でも、外がどんなに気持ちいのか、

 外に出れることがどんなにありがたいことなのか、

 彼女は私に教えてくれた。

 それ以来、私は時間が許すとき、

 入院生活が長くなる人にはすきあらば散歩に行ったり

 検査に行った帰り少し遠回りして、外なんか眺めれるコースを行くようになった。